1984年8月当時、支笏湖温泉で入手した観光パンフレットには、支笏湖周辺の主な見どころとしてオコタンペ湖、美笛の滝、苔の洞門が載っていました。

支笏湖を一周する道路はありましたが、オコタンと美笛の間は地図上からも悪路と推測できたので、Y.H. があった支笏湖温泉からオコタンペ湖に行った後に苔の洞門と美笛の滝に行こうとすると、支笏湖温泉に戻らなければなりませんでした。

野生と出会う空の旅 ’83 千歳 支笏湖 / 千歳観光連盟 - P16, P17
観光パンフレット。千歳、支笏湖地域の見どころ案内「苔の洞門」。岩壁に緑色のコケ植物がびっしりとはえている。

このパンフレットには「国道276号沿いに入口を示す標識があり、歩いて入れる」と書いてあったが、1984年当時、モラップから美笛まではダートだったと思う。「風不死岳はヒグマが多く生息していて非常に危険」とも。携行していたブルーガイドパック北海道の情報では「現在入林禁止中」らしく、何かと危なそうな感じがして、この時は行くのを止めたのだった。

  • 苔の洞門 *支笏湖畔からタクシーで30分
  • 樽前山から流出した溶岩の割れ目が湖畔まで続き、そこにびっしりと苔が生え、緑一色の廊下状に見える。現在入林禁止中。
  • - ブルーガイドパック北海道 : 1983年発行

樽前山は、記録が残る江戸時代以降も頻繫に噴火している活火山です。1978年5月に大量の噴出物を伴う水蒸気爆発が発生したため、登山全面禁止。1983年7月1日、ようやく登山規制解除。なので、シシャモナイルートも通れるようになって、行く気になれば苔の洞門に行けましたね。

積丹町沼前と神恵内村川白の区間が開通したことで、1996年11月に全線開通した国道229号。この道を積丹半島東海岸側(セタカムイライン)から西海岸側(カブトライン)へ走り抜けようと、1997年9月12日から9月15日までの北海道超弾丸ツーリングを計画。その途中、苔の洞門に立ち寄りました。

苔の洞門という名称の由来

コケ植物に覆われている岩壁 - 1997年
「苔の洞門」の岩壁は高さ10[m]ほどはあるでしょうか。その壁面にコケ植物がびっしりと生えているらしいが、岩壁の地肌露出が多いように見える。

国道276号に面した駐車場から約800[m]歩くと、高さ10[m]にもおよぶ切り立った岩壁に両側を挟まれた道幅3~4[m]ほどの自然の「切通し」が現れる。この苔の洞門入口から上流約400[m]までの第一洞門区間下流部を往復した。溝幅小、溝深さ大の溝状地形のため日光が届きにくく、光量不足でコケ植物の緑色の写りは良くないが、岩壁の地肌露出が多いように見える。1997年9月13日撮影。

苔の洞門は、立山黒部アルペンルートといった山岳道路を春の開通に向けて除雪した後にできる「雪の回廊」のよう。それは、溝幅(谷底幅)が1~5[m]、溝深さ(谷底からの高さ)が3~10[m]、長さが約400[m]と約600[m]の2本の溝状地形になっています。

コケ植物が生えている岩壁は、1739年の樽前山大噴火で発生した火砕流(火山灰と火山ガスの混合物)が地表を流れ下った跡に残された火砕流堆積物で、流れが止まった後、溶結作用によってできた溶結凝灰岩。

火砕流は、風不死岳と支笏カルデラ壁に挟まれた谷を支笏湖へ流れ下って扇状地状に堆積し、溶結凝灰岩の緩い傾斜地をつくりました。溶結凝灰岩が雨水や雪解け水、土石流などの垂直的な侵食作用を受けてできたと考えられる、苔の洞門を含む約4[km]の涸れ沢。

この時は、第一洞門区間にある「はさみ岩」を過ぎた辺りで引き返しました。沢の両岸に切り立った高い岩壁を持つ特異な地形でもそれがずっと続くとなると……長さ約400[m]の第一洞門の出口から約300[m]上流に、同じような長さ約600[m]の第二洞門があります。

苔の洞門で見られるコケ植物 - 1997年
苔の洞門の入口手前にあった説明板。苔の洞門で見れれる代表的なコケ植物は、エビゴケ、チョウチンゴケ、オオホウキゴケ。

コケ植物の特徴は、葉緑体を持つので見た目は緑色で、光合成を行う。水を吸い上げる根が無く、光合成に必要な水を葉や茎の各細胞が空気中や雨露から吸収するので、直射日光や乾燥が嫌いで日陰地を好む。胞子で子孫を増やし、花は咲かず種子もできない。地球上のあらゆる表層に生息していて、苔の洞門が特別な生育環境という訳ではない。1997年9月13日撮影。

苔の洞門という名称は、当時の説明板にもあるように「岩壁には、約30数種類のコケ植物が密生している」特異な景観であることが由来らしい。

狭い谷幅の箱状谷に足を踏み入れ、コケ植物を眺めながら切り立った岩壁を見上げると、切り取られた細長い空。この地形をなぜ「洞門」と呼んだのか?上部が開口しているから洞穴ではなくて、自然が作った美しい切通しですね。

観光地的に人を惹き付ける名称にしたかったのかもしれない。「苔の岩壁」とか「苔の箱状谷」だったら、受ける印象があまり良くない。苔の洞門が観光地として閉鎖後、第二の苔の洞門として注目されるようになった「苔の回廊」は好印象。

苔の洞門が閉鎖したきっかけ

1978年の樽前山小噴火による入山規制が1983年7月に解除。1984年3月、苔の洞門運営協議会(千歳市、環境庁、苫小牧営林署、自然公園財団、千歳観光連盟、千歳文化財保護協会)の設立以降、苔の洞門が観光資源として本格的に活用され始めたと思われます。

オコタンペ湖の湖岸に下りた後、苔の洞門に寄ったとしても夕方の苫小牧発・仙台行きフェリーに間に合ったと思うが、結局行かなかった1984年8月。ようやく訪れることができた13年後の1997年。夏期には支笏湖温泉と苔の洞門の間で定期バスが運行されるくらい観光客が多くなっていたようです。

2000年には年間約14万人の観光客が訪れたらしいですが、2001年6月2日夕刻から3日未明の間に起こった第一洞門谷壁の岩盤崩落で一転。これ以降、洞門内は立ち入り禁止になり、2020年2月に苔の洞門を管理してきた運営協議会は公開を断念、観光資源としての苔の洞門を放棄することに至りました。

  • 1996年5月、第一洞門入口付近が崩落したため開放が1週間延期
  • 2001年6月、第一洞門で谷壁の岩盤崩落
  • 2002年7月、第一洞門入口に観覧台を設置して暫定開放
  • 2006年5月、第一洞門で谷壁崩落
  • 2009年7月、日時と人数を限定したモニターツアーの開始
  • 2014年9月、豪雨による洪水で観覧台が被害 → そのまま閉鎖

大規模な崩落が確認しているだけでも3回、小規模な崩落は未確認なだけで毎年のようにあったのでしょう。そういえば3枚目の岩壁の写真で、コケがきれいに剝がれている部分があります。崩落の跡なのか?縦に亀裂が入っているように見えるところもあって……節理?

大雨になれば苔の洞門の狭い沢に土石流が押し寄せ、雨が止んだ後の涸れ沢に岩塊や巨礫、土砂を置いて行きます。観光客が気楽に行けるところではなくなり、登山道のような……元々樽前山登山のシシャモナイルートでしたね。

関連する他の二輪旅写真

現在の道道78号支笏湖線の路肩にある展望台から見ることができるオコタンペ湖。手前の木々が邪魔をして、湖の一部しか見えない。湖面は、周りの原生林の色を映しているかのような藍色というか独特の青色をしていた。

北海道三大秘湖「オコタンペ湖」

1984年8月27日、オコタンペ湖登山口から歩いて湖岸まで下りました。後年、自然保護の観点から登山道の整備は計画段階で中止、案内板等も撤去。ひっそりと姿を隠しました。長期間ほぼ全線で通年通行止だった道道78号支笏湖線。2023年7月、展望台までの通行止は解除されたものの、湖面がほんの少し見えるのみ。「秘湖」らしくなってきてよろしい。

1984年8月26日、小樽市塩谷海水浴場付近から遠く積丹半島を望む。竜ヶ岬の後方に尖ったシリパ岬が見える。そこから右に積丹岬の東海岸側が水色、薄水色に見える。

旧国道229号「シリパ・セタカムイライン」

古平町のセタカムイ岩から余市町のワッカケ岬までの岬群にトンネルが掘られ、海岸線沿いに造られた「海岸道路」は、1958年(昭和33年)10月に国道229号として全線開通。1984年8月、慎重な走りを要求される道でしたが、トンネルを抜けては目に飛び込んでくる海に目を奪われました。

仙台行きフェリーの船上から苫小牧の港の方を見ると、空に羽を広げた鳥のような雲影が。落陽には時間が早く、雲間から日が差していた。

苫小牧発・仙台行きフェリー

北海道から本州へ戻る時は、苫小牧発・仙台行きフェリーをよく利用しました。北海道最終日は夕方までフェリーターミナルに着けばよいので、1日フルに走れます。フェリーに乗船し、船上から別れを惜しむ紙テープを投げたこともありました。北海道へまた来てね、みたいなイベントで。快適じゃないこともあったな、昔のフェリーには。