1986年7月24日夜、仙台発苫小牧行きフェリーに乗船し、25日昼前に苫小牧着。国道237号で富良野へ。日高峠にダート区間が残っていましたね。ツーリングのメインは26日のみ。27日には苫小牧発仙台行きフェリーで北海道を離れるというとんぼ返りツーリング。

1泊目は富良野市北の峰のペンションに……なんてことは微塵も考えず、民宿。翌日のコースは、富良野市麓郷→富丘→八幡丘→中富良野町ファーム富田→上富良野町日の出公園→深山峠→美瑛町シベリアタイガーパーク、そして旅人の宿・美瑛ほおずきに泊まった。

富良野市

麓郷「メルヘンの木」 - 1986年
「メルヘンの木」を西から東に向けて見る。背景の左側から麓山の裾野が広がり、すぐ後ろには東京大学演習林が迫っている。演習林を開拓した農地は緩やかに傾斜し、麦は黄金色の帯、馬鈴薯は緑色の帯となり、その中で作業する人々がいる。

身体の正面を東に向けて「メルヘンの木」を見ると、左側に大麓山の裾野が、右側に東京大学演習林が背景に入る。演習林を開拓した農地で作業する人々。黄金色の帯は麦、緑色の帯は馬鈴薯だろうか。「メルヘンの木」以外の木も見える。十勝岳連峰と大麓山を背景にする「メルヘンの木」は、北東方向を見た時の構図。1986年7月26日撮影。

前富良野岳をバックに - 1986年
前富良野岳をバックにして、麦畑の前で当時乗っていたバイク GSX400F と。

麓郷市街地から道道253号(当時は道道162号)沿いの小道や畑と畑の間に作られた道を、あてもなくバイクでトコトコ走った。背景の山(たぶん前富良野岳)の見え方から推測すると、場所は富丘辺りと思われる。後になって撮影地を探す時、Gogle ストリートビューは便利ですね。1986年7月26日撮影。

1本の木 - 1986年
農道を小高い所まで上って来ると、1本の木があった。近くにバイクを停めて周辺を眺めると、麦畑が広がっていた。馬鈴薯やニンジンの葉のの緑も見える。

遠くに見える木の近くに停めたバイクは、GSX400F とツーリングの相方が乗る前輪23インチの XL250S シティオフローダー。小高い所に上って来たのだが、場所は不明。この後、八幡丘の波状丘陵地で写真を撮り、2年前に進むことを断念したダートの下り坂、なんと下り始めに急勾配のスプーンカーブが2つ連続!を走破し、富良野市街地に戻った。1986年7月26日撮影。

富良野スキー場 - 1986年
富良野市街地から空知川を挟んだ西側の北の峰町。その「裏山」斜面に富良野スキー場のコースが見える。

国道237号で中富良野町へ。撮影場所は富良野跨線橋を渡り終えた辺り。手前に富良野線、その奥に根室本線が走っている。赤い屋根の隣に見える建物は富良野スポーツセンター。なぜスキー場なんか撮ったのだろう。バイクに乗れない冬はスキーブームに乗れと思って始めたのがクロスカントリースキーだった。何事も急がば回れなのだ。1986年7月26日撮影。

上富良野町

ポピーの丘 - 1986年
一面ポピーの丘。その向こうには、丘陵地に麦を植えたと思われる畑が見える。

上富良野町日の出公園から美瑛町へ向かう途中の国道237号から撮ったと思うのだが、背景が十勝岳連峰の山々とか場所を特定できるようなものが写っていなくて場所は不明。深山峠かな?当時は観光施設など全く無かった。1986年7月26日撮影。

悲別町

悲別ロマン座 - 1986年
この建物は、1953(昭和28)年に炭鉱職員の厚生施設として建てられた傾斜の緩い切妻屋根の平屋の映画館。炭鉱閉山後は廃墟状態だったが、30年を経て「悲別ロマン座」という看板が付けられた。

1984年放送の TV ドラマ『昨日、悲別で』において、劇場「ロマン座」の外観として撮影されたこの建物は、1953(昭和28)年開館の映画館(住友上歌志内砿の職員厚生施設)だった「上歌会館」。炭鉱閉山後は廃墟状態になり、見ての通り。現在は、「悲別ロマン座」として保存されている。春休みの帰省中、最初の数話だけ見た覚えがある。1986年7月27日撮影。

関連する他の二輪旅写真

美瑛町美沢美聖にあった民宿「ほおずき」裏の畑から十勝岳連峰を望む。10月初旬にして山々は既に真っ白。夕日が薄らと雲と山を染める。

北のくらし旅人の宿・美瑛「ほおずき」

旅人の宿・美瑛「ほおずき」に泊まったのは、1984年10月、1986年7月、1987年8月の3回。個性的な「旅人」が何に魅せられたのか引き寄せられている不思議な宿でした。自分は、歩くことも好きという少し変わったツーリングライダー。でもあの時、美馬牛駅まで行ったのに美瑛の丘を歩いてみることができなかった。

雲ひとつない晴天。なだらかな地形に広がった農地に2本の「メルヘンの木」。その葉は緑色が抜けて秋の装い。後ろの山々は前富良野岳や大麓山(たいろくさん)など、雪で白くなった山は富良野岳だろうか。

富良野麓郷「メルヘンの木」

『北の国から』を初めて観たのは、放送が終わって20年以上経った2005年頃です。東京側ではなく麓郷が地元のような目線で見れたので、「メルヘンの木」がチラッと映っただけでも何か嬉しく感じたものでした。観てから訪れたのではなく、訪れてから観たからなのでしょうね。

乳牛用の牧草やデントコーンの収穫が終わり、雲ひとつ無い秋の青空の下、なだらかな傾斜の付いた丘の地形は、草の緑や枯草色、土の色が混じっている。その色に馴染む古びた納屋のような建物と2本の木が遠くに見えた。

富良野八幡丘「赤い屋根の家」

1984年10月、偶々目にすることとなった富良野八幡丘の「赤い屋根の家」。当時は納屋のような建物でした。波状丘陵地形の牧草地の中にあって撮影映えする景色だったのに、麓郷を一躍有名観光地にした『北の国から』に映ることはありませんでした。