1984年当時、現地で手に入れた観光パンフレットには、オコタンペ湖の湖岸まで下りる方法と登山ルートの地図、登山口の写真が載っていました。

  • 湖水際まで、イザ登山!
  • 展望台からオコタンペ湖を眺めたら、誰だって、湖水の美しさに心が奪われます。恋心ついでに、登山ルートをたどって湖岸に降りてみましょう。途中で湖面が見えた瞬間は、きっと生涯忘れられないはずです。
  • - 野生と出会う空の旅’83 千歳 支笏湖 / 千歳観光連盟
野生と出会う空の旅’83 千歳 支笏湖 - P14, P15
観光パンフレット。千歳、支笏湖地域の見どころ案内「オコタンペ湖」。湖岸より眺めるオコタンペ湖の写真。恵庭岳中腹から眺めるオコタンペ湖の写真。登山口の写真。オコタンペ湖湖岸の写真。

昭和的なちょっと恥ずかしい言葉使いは気にしないことにして、湖岸まで下りるのに登山するってどういうこと?と思われるかもしれない。支笏湖の西側の奥潭まで船で渡り、そこからオコタンペ川に沿ってけもの道のような小道を歩き、オコタンペ湖まで登山をするという遠足が、地元の小学校で行われていたそうだ。

オコタンペ湖の湖面標高は支笏湖より約370[m]高く、オコタンペ川は、この高さを約3.7[km]で支笏湖へ注ぐ急流です。平均勾配が約10[%]なので、川沿いの小道も同じように急な上り坂だったと思います。

観光パンフレットに載っていた登山口の場所は、オコタンペ橋のたもとにあるはずなのでたぶんここだろう。橋から見上げるオコタンペ川の上流部は、川が滝のように流れ落ち、その両側は深く切り立っていて渓谷の様相、というか壁のようにしか見えません。

「所要時間は徒歩約30分、踏み跡がしっかりしていないので注意」と書いてあり、一人で登るのは止めました。その日泊まった支笏湖 Y.H. でオコタンペ湖登山ツアーをやっていたので、翌日の午前中に参加することにしました。明日の予定は苫小牧発仙台行きフェリーに乗るだけだったし、ちょうどよかった。

オコタンペ湖登山

オコタンペ湖展望台 - 1984年
オコタンペ湖を囲む山々と少しだけ見える湖面をバックに、「オコタンペ湖 国立公園です自然を守りましょう 苫小牧営林署」と書かれた表示板の横に立つ。

Tシャツにジャージ、足元はビーチサンダルで大丈夫か。積丹岬自然遊歩道のようなフラットな道じゃないぞ。1984年8月27日撮影。2023年7月3日、オコタンペ湖展望台までの通行止が解除された。撮影日が2023年7月の Google ストリートビューで見ると、残念過ぎて笑ってしまうくらいオコタンペ湖のごく一部しか目にすることができなかった。

この時の支笏湖 Y.H. オコタンペ湖登山ツアーは、オコタンペ橋たもとの登山口からスタート。オコタンペ川が滝のように流れ落ちる渓谷の左側を登って行きました。

谷の右側は約2000年前の恵庭岳噴火で流れ出した溶岩(オコタンペ溶岩)で、この溶岩が谷の左側となる火山岩に到達し、ダムのように川を堰き止め、オコタンペ湖を誕生させたという。

谷の左側の「ダム」を標高差で約130[m]登ってから約50[m]下る羽目になり、案の定傾斜がきつくてビーチサンダルで登ったことを後悔しました。湖岸では濡れるのを気にしないで水に入っていけたので、結果オーライ。

湖岸から見た「オコタンペ湖」- 1984年
オコタンペ湖の湖岸は、山の斜面がそのまま湖に没していた。斜面の木々と湖面から出ている木々に阻まれて、平らなところが無い水際を歩くのは難しい。間近で見る湖面も独特な青色だった。

湖水際に平らなところは無く、山の斜面がそのまま湖に没していた。斜面の木々と湖面から出ている木々に阻まれて、水際を右にも左にも移動できない。サンダル履きだったので気にせず水に入って行き、積雪のため曲がった木の幹に座り、湖面をバックにして写真を撮ってもらった。間近で見ても湖面は独特な青色だ。1984年8月27日撮影。

秘湖らしくなったオコタンペ湖

多くの人は、オコタンペ湖やその展望台、オコタン温泉へ行くルートとして、北海道道78号支笏湖線の国道453号交点から奥潭ゲート(支笏湖オコタン湖畔)までの区間を選択するだろうと思います。

さほど重要ではない道道のこの区間が早くから舗装道路として整備された背景には、1972年開催の札幌オリンピック滑降競技会場が支笏洞爺国立公園の特別地域内にある恵庭岳に決定したことが挙げられます。滑降競技施設が造られなかったら、今でもダート道かもしれませんね。

さて、道道78号のこのルートは、オリンピック終了後の滑降競技施設撤去、森林復元のための緑化工事とその後の保育作業が終了した1986年までは確実に維持された道であり、80年代から2010年頃にかけては、オコタンペ湖展望台やオコタン野営場の利用者が通行していたと思われます。

  • 1958年、支笏オコタン荘開業(オコタン温泉)
  • 1960年、支笏湖グランドホテル開業(オコタン温泉)
  • 1961年、オコタン野営場開設
  • 1983年、支笏湖グランドホテル休業(オコタン温泉)→ 解体後、植栽返地
  • 2011年、オコタン野営場休止 → 閉鎖

国道453号交点から奥潭ゲートまでの区間が2014年9月から通行止になるも、2017年5月にオコタンペ湖展望台までは通行可能に。2020年6月から再び通行止になり、通行止が長期間続いたことで廃道のように荒れてしまったところもあるようです。

通行止の理由は、落石の恐れ、集中豪雨による影響、法面崩落など。これらの復旧工事は可能と思いますが、持続的に維持していくだけの理由付けが難しくなっていったのかもしれません。支笏湖オコタン湖畔にあった宿泊施設や野営場は、通行止になる前から既に廃業や閉鎖していましたし……道路利用者も少なかったのでしょうね。

オコタンペ湖周辺は支笏洞爺国立公園の特別保護地区になっていますから、そこを通る道路や徒歩道は、初めから無くて当然。その流れでオコタンペ湖登山道もひっそりと姿を消し、過去に湖岸に降りた人だけが覚えている、記憶の中の「道」になりました。

北海道三大秘湖のひとつ「東雲湖」は、湖岸に至る道路は無いのですが、徒歩1時間30分くらいで行くことはできます。「オンネトー」は、昔から観光バスや自動車が湖岸の道路を激走していたようです。道路や徒歩道が実質的に無い「オコタンペ湖」は、いよいよ秘湖らしくなってきました。

関連する他の二輪旅写真

1984年8月26日、小樽市塩谷海水浴場付近から遠く積丹半島を望む。竜ヶ岬の後方に尖ったシリパ岬が見える。そこから右に積丹岬の東海岸側が水色、薄水色に見える。

旧国道229号「シリパ・セタカムイライン」

古平町のセタカムイ岩から余市町のワッカケ岬までの岬群にトンネルが掘られ、海岸線沿いに造られた「海岸道路」は、1958年(昭和33年)10月に国道229号として全線開通。1984年8月、慎重な走りを要求される道でしたが、トンネルを抜けては目に飛び込んでくる海に目を奪われました。

積丹岬遊歩道島沿いの断崖の上から海を見ると、女性が立っているような形の巨岩、女郎子岩が目に入る。

積丹岬自然遊歩道「女郎子岩」

1984年8月24日、美国 Y.H.積丹半島岬めぐりツアーに参加しました。午前中は海岸を歩いて岬の先端を目指す神威岬コース、午後からは積丹岬コース=積丹岬自然遊歩道を歩きました。多少アップダウンのあるこの道は、革ツナギにブーツのバイク乗りの恰好やビーチサンダルでも歩くことができます(※経験者の感想)。

東雲湖は周囲約800[m]の小さな湖、別名「東小沼」。雲はあるが青空が見える。青色の湖面の一部が茶色に見えるのは、湖内に植物が生えているから。対岸はクマザサの丘で草原のように見える。木々の葉は茶色になるか落ちている。緑の木はマツだろう。

北海道三大秘湖「東雲湖」

1984年10月5日、然別湖湖畔の道を歩いて東雲湖に行きました。途中で然別湖を走る観光遊覧船が見えましたが、船着き場に降りた人はいなかったようで東雲湖を独り占め。後になって船着き場は撤去され、東雲湖へのアプローチは徒歩か、カヌーなどの人力の船+徒歩の二択。秘湖に相応しい「東小沼」でした。

10月の雨は、阿寒富士と雌阿寒岳の山頂付近で雪に変わっていたが、麓のオンネトーの湖岸はいい感じに紅葉している。水深が浅い手前から奥へと目を向けると、湖水の色が澄んだ無色透明から独特なブルーへと変化しているオンネトー。

北海道三大秘湖「オンネトー」

北海道三大秘湖は、支笏湖の近くのオコタンペ湖、然別湖の近くの東雲湖、そして阿寒湖の近くにあって「観光バスで乗り付けるからな(やれやれ)」みたいに揶揄されていたオンネトー。初めて訪れた1984年10月、阿寒富士と雌阿寒岳の山頂付近は雪を冠り、その麓の湖周辺は紅葉し、誰もいないオンネトーは正に秘湖だった。

仙台行きフェリーの船上から苫小牧の港の方を見ると、空に羽を広げた鳥のような雲影が。落陽には時間が早く、雲間から日が差していた。

苫小牧発・仙台行きフェリー

北海道から本州へ戻る時は、苫小牧発・仙台行きフェリーをよく利用しました。北海道最終日は夕方までフェリーターミナルに着けばよいので、1日フルに走れます。フェリーに乗船し、船上から別れを惜しむ紙テープを投げたこともありました。北海道へまた来てね、みたいなイベントで。快適じゃないこともあったな、昔のフェリーには。