1984年秋、麓郷のメルヘンの木を見た後、八幡丘を経由して富良野市街に戻るつもりでした。現在のハートヒルパーク展望台付近から見えた富良野市街は100[m]下。勾配6~7[%]のダートの下り坂をオンロードバイクで走るにはリスクが高く、引き返したのでした。

北海道の道ですから、ダートでなければ景色はとても速く流れていきます。現在は「赤い屋根の家」と呼ばれている、当時は納屋のように見えた建物と2本の木のことに気付いて写真を撮りましたが、「春よ来いの木」には気付かずにスルーというか沿道にこのような木が多くて、当たり前の風景でした。

2年後の1986年7月に麓郷から八幡丘にかけて、絵になりそうな風景を探して農道をトコトコ走ったので、「春よ来いの木」の写真も撮った気がするのですが、ネガフィルムやプリントした写真を紛失してしまってわかりません。この時は、ダートの急勾配スプーンカーブを下りましたよ。

「春よ来いの木」が見てきた移り変わり

年代の古い順に地理院地図の空中写真を見て、「春よ来いの木」周辺の変化の様子を確認してみます。1960年代は、現在の道道235号に面して家と思われる建物などが数棟あって、その建物は林に囲まれ、林の裏(道路から離れる方)は農地になっており、林と農地の境界に1本の木を確認できます。

1977年の写真では建物と林が無くなって裏の農地が道路に面するまで広がり、それまで人目につかなかった無名の木が姿を現しました。1992年には『北の国から'92巣立ち前編』のオープニング映像に映り、1994年の朝ドラ『春よ、来い』(NHK アーカイブス)のオープニング映像にも。

よくもまあ、一瞬の映像から八幡丘のあの木だと分かった人は凄いです。好むと好まざるとにかかわらず呼び名が付けられたため、無名の1本の木を撮影する人が少しだけ現れるようになったようです。

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乳牛用の牧草やデントコーンの収穫が終わり、雲ひとつ無い秋の青空の下、なだらかな傾斜の付いた丘の地形は、草の緑や枯草色、土の色が混じっている。その色に馴染む古びた納屋のような建物と2本の木が遠くに見えた。

富良野八幡丘「赤い屋根の家」

1984年10月、偶々目にすることとなった富良野八幡丘の「赤い屋根の家」。当時は納屋のような建物でした。波状丘陵地形の牧草地の中にあって撮影映えする景色だったのに、麓郷を一躍有名観光地にした『北の国から』に映ることはありませんでした。

雲ひとつない晴天。なだらかな地形に広がった農地に2本の「メルヘンの木」。その葉は緑色が抜けて秋の装い。後ろの山々は前富良野岳や大麓山(たいろくさん)など、雪で白くなった山は富良野岳だろうか。

富良野麓郷「メルヘンの木」

『北の国から』を初めて観たのは、放送が終わって20年以上経った2005年頃です。東京側ではなく麓郷が地元のような目線で見れたので、「メルヘンの木」がチラッと映っただけでも何か嬉しく感じたものでした。観てから訪れたのではなく、訪れてから観たからなのでしょうね。