富良野麓郷の「メルヘンの木」は無くなっていた

はじめに
『北の国から』を初めて観たのは、放送が終わって20年以上経った2005年頃です。東京側ではなく麓郷が地元のような目線で見れたので、「メルヘンの木」がチラッと映っただけでも何か嬉しく感じたものでした。観てから訪れたのではなく、訪れてから観たからなのでしょうね。

麓郷市街地のエーコープがある交差点を南に行き、適当に左に曲がってダートの農道をトコトコ走り、確かに2本の木がありました。後ろの山々の左側は前富良野岳など、右側は大麓山(たいろくさん)など、雪で白くなった山は富良野岳なのだろうか。雲ひとつない晴天の1984年10月9日、陽射しは暖かいが空気は冷たかったです。

富良野麓郷の「メルヘンの木」- 1984年秋

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どのようにして「メルヘンの木」のことを知ったのか、よく思い出せません。前日に泊まった富良野ホワイトユースホステルで情報を仕入れたのか。そこでまた会った永井姉妹から聞いたのか。農道をトコトコ走って、観光スポットではない麓郷の風景を探しました。

麓郷は、1899年(明治32年)に創設された東京大学北海道演習林だったところです。演習林に必要な労働力は林内殖民と引き換えに集められ、1921年(大正11年)に最初の農地が払い下げられました。麓郷開拓の歴史は、この年から始まります。

「メルヘンの木」写真の後ろに写っている大麓山(たいろくさん)は、演習林創設時の大学総長、菊池大麓(きくちだいろく)の名から頂いたそうです。麓郷という地区名は、その大麓山のふもとに広がるさと(郷)という意味で命名されたらしい。

2年後の1986年7月、ラベンダーの時期に再度この場所を訪れました。農作業中のトラクターが木と木の間に写り込むのを待って撮影した記憶があります。『北の国から'98時代』にこの季節の「メルヘンの木」が登場します。雪子おばさんが離婚して東京から一人麓郷へ戻ってくるシーンで。

富良野麓郷の「メルヘンの木」- 1986年夏

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1984年当時、『北の国から '84夏』を北海道ツーリング中にユースホステルで観たものの、テレビの無い生活をしていた者には話の流れが掴めず、内容はさっぱり覚えていません。周りのみんながテレビの前で放送が始まるのを待っていたくらいだから、人気と関心は高かったのでしょう。

ドラマの中では焼失した黒板五郎が建てた丸太小屋(2番目の家)や風車の家(3番目の家)、写真館、売店などが点在する「麓郷の森」がオープンした1984年以降、『北の国から』のロケ地巡りとして麓郷地区が観光スポットになったのは間違いないと思う。

『北の国から』の存在を知らなかったので、永井姉妹と一緒でなければ行かなかった場所。姉妹がエーコープで買ってきていた昼食用のパンなどを少しもらって食べた。「お知らせ この家は、この秋放送予定の『北の国から'84夏』の中で五郎さん一家の新しい家になる建物です。麓郷の森」と書かれた黒板を持つ隣で、包丁を持っている姉さん。

富良野「麓郷の森」- 1984年

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『北の国から 2002遺言』をもってテレビドラマシリーズは終了し、麓郷に初めて行った時から20数年後、ようやく『北の国から』を観ました。自分が目にした風景をドラマ内の映像や写真などで確認するという逆ロケ地巡り。

地理院地図で2010年10月22日撮影の空中写真を確認したところ、かつて「メルヘンの木」があったと思われる痕跡が土の色の変化として残っていました。「メルヘンの木」は、もう記録媒体の中にしかありません。

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