「その他の型」の糖尿病は発症幾序が特定
発症機序が特定されて原因がはっきりしている糖尿病は、「その他の型」に分類されています。
- その他の型の発症機序
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遺伝因子として遺伝子異常が同定されたもの
- 膵β細胞機能にかかわる遺伝子異常
- インスリン作用の伝達機構にかかわる遺伝子異常
- 他の疾患や病態に伴うもの
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遺伝因子として遺伝子異常が同定されたもの
糖尿病の自然経過は、上流に存在する遺伝因子および環境因子の関与により、下流においてインスリンの供給不全やインスリン感受性の低下が生じ、結果として糖尿病を発症する、と想定されています。
その中で、上記のA群の原因は単一遺伝子異常であり、上流から下流まで発症機序が解明されている点において、朧げな1型および2型とは成因的に区別して扱われています。
「その他の型」の一覧
- A.遺伝因子として遺伝子異常が同定されたもの
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膵β細胞機能にかかわる遺伝子異常
- インスリン遺伝子(異常インスリン症、異常プロインスリン症、新生児糖尿病)
- HNF4α遺伝子(MODY1)
- グルコキナーゼ遺伝子(MODY2)
- HNF1α遺伝子(MODY3)
- IPF-1遺伝子(MODY4)
- HNF1β遺伝子(MODY5)
- NeuroD1遺伝子(MODY6)
- ミトコンドリアDNA(MIDD)
- Kir6.2遺伝子(新生児糖尿病)
- SUR1遺伝子(新生児糖尿病)
- アミリン
- その他
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インスリン作用の伝達機構にかかわる遺伝子異常
- インスリン受容体遺伝子(インスリン受容体異常症A型、妖精症、Rabson-Mendenhall症候群ほか)
- その他
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膵β細胞機能にかかわる遺伝子異常
- B.他の疾患、条件に伴うもの
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膵外分泌疾患
- 膵炎
- 外傷/膵摘手術
- 腫瘍
- へモクロマトーシス
- その他
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内分泌疾患
- クッシング症候群
- 先端巨大症
- 褐色細胞腫
- グルカゴノーマ
- アルドステロン症
- 甲状腺機能亢進症
- ソマトスタチノーマ
- その他
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肝疾患
- 慢性肝炎
- 肝硬変
- その他
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薬剤や化学物質によるもの
- グルココルチコイド
- インターフェロン
- その他
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感染症
- 先天性風疹
- サイトメガロウイルス
- その他
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免疫機序によるまれな病態
- インスリン受容体抗体
- Stiffman症候群
- インスリン自己免疫症候群
- その他
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その他の遺伝的症候群で伴うことの多いもの
- Down症候群
- Prader-Willi症候群
- Turner症候群
- Klinefelter症候群
- Werner症候群
- Wolfram症候群
- セルロプラスミン低下症
- 脂肪萎縮性糖尿病
- 筋強直性ディストロフィー
- フリードライヒ失調症
- Laurence-Moon-Biedl症候群
- その他
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膵外分泌疾患
糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告(pdf)|日本糖尿病学会 より
遺伝子異常が原因の糖尿病
複数の遺伝子が発症に関与している場合の発症機序の解析は、複雑で困難です。
環境因子との相互作用も関与するとなると、有意な発症機序や遺伝形式が見られないことが多く、解析はさらに困難です。
一方、発症機序が単一の遺伝子のみの関与で起こる場合、その遺伝形式はメンデルの法則に倣うので解析も比較的容易で、単一遺伝子異常が原因であると同定されたものがいくつかあります。
膵β細胞機能にかかわる遺伝子異常
膵β細胞の主要なインスリン分泌調節メカニズムは、ATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)を介する経路です。
このチャネルは、SUR1(sulfonylurea receptor 1)サブユニット4個とKir6.2サブユニット4個の2種類のサブユニットからなるヘテロ8量体の構造で機能します。
- ABCC8遺伝子の活性化変異 → SUR1サブユニットに異常
- KCNJ11遺伝子の活性化変異 → Kir6.2サブユニットに異常
サブユニットをコードする遺伝子の異常によってATP感受性K+チャネルが機能しなくなり、結果的にグルコース刺激によるインスリン放出が低下します。
- GCK遺伝子の活性化変異 → 酵素グルコキナーゼに異常
グルコキナーゼの異常は、グルコースを酸化する代謝過程で産生されるATPの増加を阻害するので、グルコース刺激の「信号」がATP感受性K+チャネルに伝達されにくくなり、結果的にインスリン放出が低下します。
また、インスリンの異常は、その生理活性低下やインスリン受容体とうまく結合できないことにより、インスリン作用が十分に働かなくなります。
- INS遺伝子の変異 → インスリンそのものに異常
新生児糖尿病
新生児糖尿病(NDM; neonatal diabetes mellitus)は、生後6ヶ月以内に発症が確認される一遺伝子性の糖尿病で、10~50万人出生に1人程度の発症頻度と推定される稀な疾患です。
- 持続性新生児糖尿病(PNDM; permanent neonatal diabetes mellitus):生涯にわたって糖尿病状態
- 一過性新生児糖尿病(TNDM; transient neonatal diabetes mellitus):乳児期に糖尿病状態は消滅するが後に再び発症
PNDMではKCNJ11遺伝子、ABCC8遺伝子、GCK遺伝子、INS遺伝子の変異によるものが、一過性新生児糖尿病ではZFP57遺伝子、ABCC8遺伝子、KCNJ11遺伝子の変異によるものが同定されています。
MODY
MODY(maturity-onset diabetes of the young;若年発症成人型糖尿病あるいは家族性若年糖尿病)は、青春期または成人期初期(25歳程度まで)に初めて発症が確認される一遺伝子性の糖尿病です。
インスリン分泌不全をもたらす常染色体優性(両親のどちらからも受け継がれる)遺伝子の変異に起因し、6種類(OMIMによれば11種類)の原因遺伝子が同定されています。
一般に、MODY患者は肥満ではなく、インスリン感受性は正常で、三世代以上に亘る糖尿病家族歴があります。
- MODY1
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20番染色体のHNF4A(hepatocyte nuclear factor-4-alpha)遺伝子の機能損失変異が原因です。
- HNF4α(細胞核内でDNA転写を調節する受容体, 別名TCF14; transcription factor-14)の遺伝暗号を指定する。
- 膵臓においては、インスリンやグルコース輸送担体(GLUT2)などの遺伝子発現に影響する。
- 乳児期にはインスリン分泌能は十分にるが、その後ゆっくりと失われる。
- MODY2
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7番染色体のGCK(glucokinase)遺伝子のいくつかの変異によるグルコキナーゼ異常が原因で、MODYの中では2番目に多いタイプです。
- MODY2患者の膵β細胞インスリン産生・分泌機能は正常。
- グルコース濃度が正常より高くならないとインスリンが分泌されない。
- MODY3
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12番染色体のHNF1A(hepatocyte nuclear factor-1-alpha)遺伝子(ホメオボックス遺伝子)の変異が原因で、MODYの中では最も多いタイプです。
- HNF1α(別名TCF1; transcription factor-1)は、膵β細胞の分化に対して重要な働きをする転写因子。
- この遺伝子変異により膵β細胞の数が通常より不足→機能障害。
- インスリン分泌能はゆっくりと失われ、最終的にインスリン依存状態になる。
- MODY4
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13番染色体のPDX1(pancreatic and duodenal homeobox protein-1)遺伝子の変異が原因です。
- インスリンプロモーター因子1(IPF1; insulin promoter factor-1)の遺伝暗号を指定する。
- PDX1は胎生期の膵臓の発達(β細胞の成熟)に重要な転写因子
- インスリンやグルコース輸送担体(GLUT2)、グルコキナーゼ、ソマトスタチンの遺伝子発現と制御に重要な役割を果たす。
- MODY5
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17番染色体のHNF1B(hepatocyte nuclear factor-1-beta)遺伝子の変異が原因です。
- 膵臓の萎縮と腎疾患(特に腎嚢胞)が特徴的に見られる。(別名RCAD; renal cysts and diabetes syndrome)
- TCF2(transcription factor-2)の遺伝子を暗号化するHNF1βは、膵臓を含むいくつかの器官の胚発生の初期段階に関わっている。
- MODY6
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2番染色体のNEUROD1(neurogenic differentiation-1)遺伝子の変異が原因です。
- インスリン遺伝子の転写を促進する転写因子NeuroD1の遺伝暗号を指定する。
異常インスリン症、異常プロインスリン症
異常インスリン症および異常プロインスリン症は、INS(insulin)遺伝子の変異が原因で、インスリン分子のアミノ酸一次構造のある1箇所が変化しています。
異常インスリン症患者のインスリンは、アミノ酸配列が変異しています。異常プロインスリン症では、アミノ酸配列の変異によりCペプチドとA鎖またはB鎖が切断されません。
異常インスリンは、細胞のインスリン受容体への結合が低下するため、インスリンシグナルが伝達されにくくなります。また、異常プロインスリンは、インスリン受容体へ結合すらできません。
異常インスリン症および異常プロインスリン症患者は、正常なINS遺伝子も有していることから、正常インスリンはある割合で産生されています。そのため、糖代謝異常の程度は、正常型から糖尿病まで様々です。
原因遺伝子が同定された報告例は極めて少ない(OMIMによれば10例, 番号0001~0007)のですが、正常なINS遺伝子の存在が変異したINS遺伝子による糖代謝異常の度合いを相殺している場合も多いのではないか、と推測できます。
MIDD
MIDD(maternally inherited diabetes and deafness;母系遺伝性の糖尿病と難聴)は、ミトコンドリア遺伝子(MTTL1; mitochondrial tRNA for leucine-1、MTTE; mitochondrial tRNA for glutamic acid、MTTK; mitochondrial tRNA for lysine)の変異が原因のミトコンドリア性疾患のひとつです。
身体の全ての細胞内にあるミトコンドリアは、卵子の(つまり母親の)ミトコンドリアのレプリカであり、母親がMIDDであればその子は全てMIDDです。
グルコース中間代謝物が持つエネルギーを利用して多量のATPを産生する電子伝達系は、ミトコンドリアに存在します。ミトコンドリア異常によるATP産生量の低下は、図1.を見てわかるように膵β細胞のインスリン放出を低下させます。
インスリン作用の伝達機構にかかわる遺伝子異常
細胞外シグナルとしてのインスリンは、細胞膜に存在するインスリン受容体(INSR; insulin receptor)と結合することにより、細胞内シグナルへと変換されます。
変換されたインスリンシグナルは、細胞内を次々に伝達・伝播していきます。インスリン作用は、インスリンシグナルに対する細胞内応答の結果と言うことができます。
インスリン受容体を含む細胞のインスリンシグナル伝達経路のどこかに障害があって、シグナルレベルが減少することは、インスリン抵抗性を意味すると同時にインスリン作用不足に起因する代謝の変化が生じ、次に挙げるような状態を呈します。
- 血中の過剰なグルコースの蓄積(高血糖)
- 血中の過剰なケトン体の蓄積(ケトーシス)
- 血中の過剰なリポタンパクの蓄積(高トリグリセリド血症)
そして、インスリン抵抗性を代償性インスリン過剰分泌で何とか正常化しようとするため、高インスリン血症になります。
2型もインスリン抵抗性を打ち消すため、インスリンを過剰に分泌する時期があります。
いくつかのINSR遺伝子の変異は、シグナル伝達経路の始点となるインスリン受容体に異常を生じることがわかっています。
細胞にあるべきインスリン受容体が無かったり、インスリン受容体が活性化されないなどの著しい機能障害によって、細胞は高度のインスリン非感受性を持つことになります。
インスリン受容体異常症A型
INSR遺伝子の変異が原因のインスリン受容体異常症A型は、細胞のインスリン受容体が欠損しているために高いインスリン抵抗性を示します。
若年女性に多く、黒色表皮腫(首、脇の下、首などの皮膚の黒褐色びまん性色素沈着)が見られます。
過剰なインスリン分泌およびそれによるアンドロゲン分泌の増加と活性上昇は、男性化徴候や肥満、多嚢胞性卵巣など特異的な所見を呈します。
妖精症
妖精症(Leprechaunism, 別名Donohue症候群)は、非常に稀な重篤な遺伝的障害です。インスリン受容体の著しい機能障害により、早死あるいは自然流産が普通です。
アイルランドの伝説の妖精のような外見的特長(耳は突出し目より低い位置にあり、鼻孔は広がり、唇は厚い)から、Leprechaunismという疾患名を得ています。
この疾患のほとんどは、血縁間、例えばいとこ同士の結婚で生まれた子に生じます。INSR遺伝子の対立遺伝子が両方とも突然変異を起こすことは、ほとんど無いと考えられるためです。
両親はINSR遺伝子の正常な対立遺伝子と変異体対立遺伝子を持つキャリアで、各々の親から変異体対立遺伝子を受け継いだ子に発症します。
妖精症は常染色体劣性遺伝なので、キャリア同士が出会うのは、確率的に血縁間が多い、という訳です。
Rabson-Mendenhall症候群
Rabson-Mendenhall症候群は、妖精症と同じ常染色体劣性遺伝で、両親からINSR遺伝子の変異体対立遺伝子を受け継いだ子にインスリン受容体の障害が引き起こされる場合が多いです。
激しいインスリン抵抗性と成長異常および黒色表皮腫が特徴で、空腹時低血糖と食後高血糖および高インスリン血症を呈する症状は、糖尿病性ケトアシドーシスへと進行し、妖精症よりはひどくないですが幼児期には死に至ります。
他の疾患、病態に伴う種々の糖尿病
種々の疾患、症候群や病態の一部として糖尿病状態を伴うものです。
内分泌疾患におけるホルモンを異常に分泌している腫瘍の摘出、のように元の疾患の原因を取り除くことにより、糖尿病が完治する場合があります。
膵外分泌疾患
インスリンやグルカゴンなどのホルモンを分泌する細胞が集まったランゲルハンス島(内分泌部)は、ちょうど膵臓の外分泌部(消化酵素を含む膵液を消化管内へ分泌する)という大海原に浮かぶ島のように散在します。
したがって、外分泌部の疾患による内分泌機能低下または組織損失は、インスリン供給不足を生じさせ、糖尿病を併発します。
慢性膵炎では、炎症の影響で内分泌機能が低下します。急性膵炎では、何らかの原因により膵臓内で膵液の消化酵素が活性化されて、膵臓自身を消化してしまいます。
内分泌疾患
インスリン拮抗ホルモンの過剰産生は、血糖値を上昇させる方向に働きます。
- クッシング症候群:副腎皮質で産生されるホルモンのひとつ、糖質コルチコイドの産生過剰
- 先端巨大症:脳下垂体前葉の成長ホルモン分泌腺腺腫(腺腫は良性腫瘍)から成長ホルモンが過剰に分泌
- 褐色細胞腫(副腎髄質や傍神経節の腫瘍):カテコールアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)が過剰分泌
- グルカゴノーマ(膵α細胞に由来する腫瘍):グルカゴンが過剰分泌
- アルドステロン症:アルドステロン(鉱質コルチコイド)が過剰
- 甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモンが過剰分泌
肝疾患
ウイルス性肝炎やアルコール性肝障害、慢性肝疾患などが原因で、肝臓への損傷が継続的に、もしくは繰り返し生じて肝細胞の再生ができないほど肝組織が破壊された場合、欠損組織を穴埋めするように線維組織や結合組織に置き換わります。
この状態が肝硬変で、新たな肝細胞の再生は叶わず、肝機能は失われます。
食事から摂取されるグルコースは、腸管から吸収されて門脈という血管を介して肝細胞に取り込まれます。多くの肝細胞を失った状態では、食後血糖が急激に上昇します。
感染症
サイトメガロウイルスや風疹ウイルスなどウイルス感染に続発した1型糖尿病の症例は、古くから報告されています。
妊娠初期に妊婦が風疹ウイルスに初感染した場合、胎児に移行感染し、先天性風疹症候群と呼ばれる様々な症状が高率で発症します。
その中にインスリン依存性糖尿病があり、風疹ウイルスが胎児の膵臓ランゲルハンス島で増殖し、このときのβ細胞の自己免疫性破壊が原因と考えられています。