HbA1c : 電気泳動法による糖尿病患者の異常なヘモグロビンバンド

はじめに
陽イオンクロマトグラフィーによる HbA1c 画分が糖化ヘモグロビンであると明らかになっていく一方で、電気泳動法でヘモグロビン変異体を探していた研究者が、糖尿病患者のヘモグロビンに通常ではない泳動縞(後に HbA1c 画分と同一成分と判明)を発見します。

1960年代、ヘモグロビンの四次構造の解明は、タンパク質の構造とその機能の関連性について新しい洞察を提供する可能性がありました。グロビンの一次構造が変異した異常ヘモグロビン HbS は、鎌状赤血球症の原因とわかっていたので、他のヘモグロビン変異体を探し出す研究が競争化しました。

荷電分子が電場中を移動する現象を利用して構造的に類似した分子を分離可能な電気泳動法を用いてヘモグロビン変異体を探索中、通常のヘモグロビン泳動縞で見られる小さくて遅いA2バンドおよび大きなAバンド(図中a)とは異なる、Aバンドの先にぼやけたバンドが見られる泳動縞(図中b)が糖尿病患者から見つかった。出典: “An abnormal hemoglobin in red cells of diabetics” by Samuel Rahbar - Clinica Chimica Acta (1968) p296-298

電気泳動法によるヘモグロビンバンド(泳動縞)

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1968年
糖尿病患者のヘモグロビンをセルロースアセテート膜電気泳動法で分析したところ、通常のヘモグロビンバンド(泳動縞)とは異なる異常なバンドが確認され、このバンドの成分を diabetic component of hemoglobin と命名した。An abnormal hemoglobin in red cells of diabetics.

糖尿病患者の異常なヘモグロビンバンドは、上記報告より6年前の1962年に日本でも報告されていました。

種々なる患者の溶血液を寒天電気泳動法によって調べ、異常血色素の有無を検査しているうちに、偶然糖尿病患者の血液が異常血色素様成分を有することを発見した。…… この異常血色素様成分は空腹時血糖200[mg/dl]以上の糖尿病患者に多く検出される。治療により症状が軽快すると認め難くなる。…… 糖尿病患者に見出される異常血色素様成分について - 日本血液学会雑誌 25, 579, 1962

異常血色素様成分(血色素 = ヘモグロビン)と空腹時血糖の関係を把握し、糖尿病の代謝異常が糖質のみならず、タンパク質である血色素にまでおよんでいることを暗示する事実として興味があるとしながらも、それ以上の進展はなかったようです。

1969年
糖尿病患者のヘモグロビンで観察された「糖尿病成分」の電気泳動移動度は、陽イオンクロマトグラフィーで分離した HbA1c 画分に相当するバンドの移動度と一致することが発見され、両者は同一の成分であることが判明した。Studies of an unusual hemoglobin in patients with diabetes mellitus.
糖尿病患者のヘモグロビンを1966年の研究で使用されたクロマトグラフィーで分離した場合、総 Hb に占める HbA1c 画分の割合(7.5~10.6[%])は、正常対照者(4~6[%])に対して約2倍の増加が見られた。

「糖尿病成分」の正体を特定する手掛かりは、クロマトグラフィーによって分離されたヘモグロビンAの微量成分、HbA1c 画分の構造に関する1966年の研究「A New N-Terminal Blocking Group Involving a Schiff Base in Hemoglobin A1c」にありました。

ヘモグロビンAをクロマトグラフィーで分析すると、主要成分の HbA0 画分より先に5つの微量成分( HbA1a , HbA1b , HbA1c , HbA1d , HbA1e )が溶出することをこの研究で見つけたのでした。

この1966年の研究では、5つの微量成分のうち HbA1c 画分は、HbA のβ鎖アミノ基末端に未同定の原子団がシッフ塩基結合している構造であることが示され、続いて1968年には、六炭糖(ヘキソース)分子が HbA のβ鎖アミノ基末端バリン残基に共有結合していることが実証されました。

HbA1c 画分の構造が糖タンパク質と分かったがゆえに、その生成反応は、酵素によるグリコシル化(糖鎖付加)であると信じて疑うことはなかったようです。

糖尿病患者の HbA1c 画分の割合が正常人の約2倍であるという1969年の報告(上記「Studies of an unusual hemoglobin in patients with diabetes mellitus」)から推測するに、糖尿病特有の合併症(細小血管症)と関連があるのではないかと関心が高まりました。

1971年
糖尿病患者における陽イオンクロマトグラフィーによって分離された HbA の微量成分である HbA1 画分(fast-moving hemoglobins ; 高速移動ヘモグロビン成分)割合の増加レベルは、患者の年齢、疾患の期間、治療のタイプ、または糖尿病合併症の存在とは関連が無かった。Hemoglobin Components in Patients with Diabetes Mellitus.
糖尿病患者100人における総 Hb に占める高速ヘモグロビン成分(HbA1a + HbA1b + HbA1c)の割合の平均値は、正常被験者20人で見られる値の2倍の増加を示した。高速な微量成分である HbA1 画分の約80[%]は HbA1c が占める。
糖尿病における糖ヘモグロビン(glycohemoglobin)である高速ヘモグロビン成分の割合の増加は、この障害における糖タンパク質(glycoprotein)の増加とは別の例であるように思われる。

この研究当時、HbA1 画分の構造は「六炭糖(ヘキソース)分子とヘモグロビンAとの間の酵素的反応のグリコシル化(glycosylation)によって生じる配糖体」とされ、ヘキソースのひとつであるグルコース、この血中濃度(血糖値)はこの反応に影響しないと信じられていたようです。

HbA1c と糖尿病コントロールとの関連

赤血球は、骨髄での分化・増殖・成熟の過程でヘモグロビンを含むタンパク質を生合成し、後に脱核します。血中の総ヘモグロビンは赤血球の寿命と誕生を繰り返す中ほぼ一定を維持すると考えられますが、赤血球の寿命期間を通して HbA1c の生成は変化するのかどうか疑問に思った研究者がいました。

1975年
細胞年齢で追跡可能にするために放射性鉄で標識された赤血球を使用して、糖尿病マウスの HbA1c 生成の変化を調べたところ、糖尿病の兆候が表れてから約4週間後に増加を示し、赤血球の寿命まで継続的に、そして野生型マウスよりも2.8倍速く増加した。Synthesis of hemoglobin A1c in normal and diabetic mice: potential model of basement membrane thickening.
糖尿病マウス(離乳時に HbA1c の量が正常で成長後に自然発症するタイプ)の血中のHbA1c の生成を直接的または間接的に決定する循環因子の増加に伴って、HbA1c レベルも上昇することが示された。この実験時には、循環因子がグルコースだとは明らかになっていませんでした。

上記の遺伝子組み換え糖尿病マウスを使ったヘモグロビンの微量成分に関する研究は、下記のヒトにおける HbA から HbA1c への変換の動態に関する研究結果から示された、HbA1c は、赤血球の120日間の寿命の間にゆっくりと継続的にほぼ不可逆的に形成されることとも一致していました。

…… The formation of Hb A1c in vivo was determined in two individuals who were given an infusion of 59Fe-labeled transferrin. As expected, the specific activity of Hb A rose promptly to a maximum during the 1st week and remained nearly constant thereafter. In contrast, the specific activity of Hb A1c and also of Hbs A1a and A1b rose slowly, reaching that of Hb A by about day 60. These results indicate that Hb A1c is slowly formed during the 120-day life-span of the erythrocyte, probably by a nonenzymatic process. …… The biosynthesis of human hemoglobin A1c. Slow glycosylation of hemoglobin in vivo. - J Clin Invest. 1976;57(6):1652-1659.

上記研究では HbA1c の生成反応を次のように提案しており、これはメイラード反応の前期段階に相当します。

  • 第一段階の可逆性反応 : グルコースと HbA が結合してシッフ塩基である不安定な HbA1c を形成する。
  • 第二段階の非可逆性反応 : 不安定なシッフ塩基にアマドリ転位が起こり、ケトアミンの構造を持つ安定した HbA1c を形成する。

また、HbA1c の生成速度は、循環血液中の赤血球内グルコースの時間平均濃度に正比例するはずであるから、糖尿病患者の HbA1c レベルは、(ピンポイントではない)持続した期間にわたる糖尿病コントロールの妥当性を反映するものだろうということが議論されています。

1976年以降、HbA1c と糖尿病患者の代謝状態を表す要素とを関連付ける様々な研究が行われ、糖尿病コントロールをモニタリングするための指標として HbA1c の有用性が明らかになっていきます。

1976年
糖尿病の血糖コントロールが不十分な患者5人の平均空腹時血糖値を約1~2ヶ月かけてより最適なレベルに改善させた時の HbA1c レベルの変化を調べた結果、HbA1c は過去数週間から数か月の平均血糖値を反映しているように見える。Correlation of Glucose Regulation and Hemoglobin A1c in Diabetes Mellitus.
1977年
糖尿病患者220人について、総糖化ヘモグロビン成分(HbA1a+b+c)と糖尿病コントロールの程度として測定された24時間尿中グルコース排泄量との間の関係を線形回帰分析によって調べた結果、両者は有意に相関していることがわかった。Glycosylated Hemoglobins and Long-Term Blood Glucose Control in Diabetes Mellitus.
陽イオンクロマトグラフィーによって主要な HbA0 画分より先に分離される微量な高速移動ヘモグロビン成分(fast-moving hemoglobins)である HbA1 画分のうち、インスリン依存性若年性糖尿病患者の総ヘモグロビンに対する HbA1a+b および HbA1c 成分の割合は、正常な非糖尿病の対照集団と比較して両方とも上昇していた。
尿中グルコース排泄に関するデータは、総糖化ヘモグロビン成分測定の直前、測定の1ヶ月前、測定の2ヶ月前、測定の3ヶ月前に24時間の尿採取で収集しておいた。最も高い相関は、測定の2ヶ月前の尿中グルコース排泄量との間に見られた。

尿にグルコースが漏れ出始める血糖値のことを言う糖排泄閾値は、個人差は多少ありますが、おおよそ160~180[mg/dL]前後です。正常な非糖尿病の人であれば、血糖変動の上限であってもこの値を超えることはないはずです。

24時間で蓄積された尿中のグルコース量は、持続期間は1日だけではありますが、血糖レベルがどの程度高い状態にあるかを示唆してくれます。HbA1c に関連した言い換えをすれば、循環血液中の赤血球内グルコースの時間平均濃度、つまりは HbA1c の生成速度と正の比例関係があると考えられます。

尿中にグルコースが排泄される現象と 糖化ヘモグロビンの生成、両者にはグルコースがある一線を超えたら戻れない状態が有って、似ているように思えます。前者のそれは糖排泄閾値であり、後者はアマドリ化合物を形成するアマドリ転位です。

糖化反応は赤血球内のヘモグロビンとグルコースの間で起こり、ヘモグロビンがグルコースに曝される時間は赤血球の寿命である約120日が最大です。HbA1c レベルの決定時における赤血球の日齢は1日から120日まで存在するので、過去120日間の血糖レベルが HbA1c レベルを決めることになります。

1978年
レビュー論文:糖化ヘモグロビンの構造と生成に関する知見は、関連する糖尿病研究の多くの分野で利用可能になった。HbA1c は、短期的な血糖変動を統合した長期間の平均的な血中グルコース濃度を反映するため、血糖コントロールの状態をより正確に評価できる指標となる。The glycosylation of hemoglobin: relevance to diabetes mellitus.

このレビューの「結論」では、HbA1c を糖尿病の診断に使用することや、HbA1c を継続的に測定することにより糖尿病患者の血糖コントロールと慢性合併症の発症との関係を評価する前向き研究が可能になるなどの言及があります。

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