HbA1c : 非酵素的なメイラード反応で生成したアマドリ化合物

はじめに
味噌やご飯のお焦げ、焼いたパンが茶色になる現象は、還元糖が酵素の触媒作用無しにタンパク質やアミノ酸と反応して最終的には褐色物質を生成するメイラード反応が関与しています。HbA1c の生成もそうです。

グルコース(還元糖)とヘモグロビン(タンパク質)との間の非酵素的反応によって HbA1c糖化ヘモグロビン)が生成される反応は、メイラード反応における前期段階の「アマドリ化合物の生成」までに相当します。赤血球が寿命(約120日)を迎えると分解されるので、反応はそこで終わりです。

メイラード反応の前期段階 1. は可逆的反応で、還元糖(グルコース)とアミノ化合物(HbA)が反応して不安定なシッフ塩基(不安定型 HbA1c)を形成。前期段階 2. は不可逆的反応で、アマドリ転位が起こり安定した構造のアマドリ化合物(安定型 HbA1c)を形成。酵素の触媒作用と無関係で、ヘモグロビン濃度 ≫ グルコース濃度なので、血中グルコースレベルが高いほど安定型 HbA1c の生成が速くなるのが「ミソ」。

HbA1c を生成する糖化反応(glycation): メイラード反応の前期段階

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還元糖
循環血液中の赤血球内のグルコースは、鎖状構造のものと環状構造のものとで平衡状態にある。アルデヒド R-C(=O)-H の性質を持つ還元性の鎖状グルコース(還元糖)がアミノ基 -NH2 , -NHR , -NRR' と反応してメイラード反応の前期段階 1. シッフ塩基を形成する。
シッフ塩基
不安定型 HbA1c は構造式が H-C(=NR)-R" で表され、イミン R'-C(=NR)-R" に含まれる。R' が水素原子 H のイミンは、特にアルジミンと呼ばれる。また、窒素原子 N に付く R が水素原子 H ではないイミンなので、シッフ塩基でもある。
不安定型 HbA1c のグルコース部分が閉環型(環状)であるイミンすなわちグリコシルアミンと、不安定型 HbA1c のグルコース部分が開環型(鎖状)であるイミンすなわちシッフ塩基も、循環血液中の赤血球内で平衡状態にある。
アマドリ転位
不安定型 HbA1c のグルコース部分が開環型であるイミン(シッフ塩基)にアマドリ転位が起こり、メイラード反応の前期段階 2. アマドリ化合物を形成する。
炭素-窒素二重結合に隣接するヒドロキシ基 -OH の水素原子 H が窒素原子 N へ再配置され、カルボニル基 -C(=O)- を持つケトンであるケトアミンまで反応が進んで形成されたアマドリ化合物が安定型 HbA1c

一般に、化学反応の成否や速度は反応温度や反応物の濃度・圧力、触媒の有無などに影響されますが、メイラード反応に酵素の触媒作用は無く、料理などの加熱による高温状態では褐色物質は短時間に作られ、生体内の温度でもゆっくりとですが反応は進みます。

生体内における反応条件は一定とみなすことができるので、安定型 HbA1c の生成速度は、反応物である血中グルコースの濃度が高いほど速くなると考えられます。もう一方の反応物である血中ヘモグロビン濃度は、グルコース濃度に比べ十分に高いので。

正常な血糖レベルでも安定型 HbA1c は生成されます。メイラード反応は非酵素的糖化反応なので、反応物である血中グルコース濃度の程度に応じて、表現的に「とてもゆっくりと」。

では、血糖レベルが高くなった時に糖化反応の最初の可逆反応がどう進むかを考えます。グルコースをヘモグロビンAに結合して不安定型 HbA1c を生成する方向(図上段の反応式において右方向)に反応が傾き、急速に化学平衡の状態に至ります。結果として、不安定型 HbA1c の濃度は上昇します。

一方、血糖レベルが低くなった時の反応は、不安定型 HbA1c からグルコースが離れる方向(図上段の反応式において左方向)に傾き、急速に化学平衡の状態に至ります。結果として、不安定型 HbA1c の濃度は低下します。

ただし、血糖レベルの変化と安定型 HbA1c レベルの変化は、時間的にシンクロしません。変化した血糖レベルがその後一定を維持するとすれば、赤血球の寿命である約120日を過ぎて赤血球が全て置き換わる過程において変化していき、安定型 HbA1c の生成割合はあるところに落ち着きます。

安定型 HbA1c は「血糖レベルの状態」を赤血球の寿命である約120日間に渡って記憶している、というイメージですね。

ところで、「日本糖尿病学会のグリコヘモグロビンの標準化に関する委員会」が1993年に HbA1c 測定値の施設間差の実態調査によると、調査施設の半数で不安定型 HbA1c 画分を除去しておらず、調査対象の測定法は高精度な HPLC メソッドだったものの値のバラツキが大きかったようです。

アマドリ化合物になった安定型 HbA1c は、糖化ヘモグロビン検査時の血糖値がどうであっても検査結果に影響を与えませんが、シッフ塩基である不安定型 HbA1c は検査時の血糖値の影響を受けます。検査の精確さを求めるならば、測定対象をアマドリ化合物の安定型 HbA1c に限定する必要があります。

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