糖尿病は動脈硬化の危険因子
筆者が教育入院中は、医師による糖尿病教室や看護師による生活指導の時間に合併症(網膜症、腎症、神経障害)のことを繰り返し教えられました。
「失明します」とか「人工透析になります」などと言われても、まあピンときません。下肢が壊疽を起こした写真を見せられて、少し動揺した程度です。
糖尿病性壊疽は激痛らしいのですが、ここまで進行するには神経障害で気付くのが遅れることも一因のようです。細小血管障害と大血管障害のコンボですね。
大血管障害に起因する脳卒中や心筋梗塞などの原因となる動脈硬化は、年をとれば誰にでも起こる老化現象でもありますが、危険因子がいくつも重なることで進行が促進されます。
2型糖尿病は中年以降の肥満した患者が多いので、
- 加齢
- 肥満
- 高血圧
- 血中脂質異常
といった動脈硬化の危険因子を持ちやすく、さらに喫煙習慣が加われば5個になってしまいます。
また、糖尿病の治療を行って血糖コントロールが良好と判断されていても、HbA1cからは食後高血糖という危険因子は見つかりにくいです。
正常血糖の人であっても長い年月を経れば動脈硬化はゆっくりと進行するのですから、食後高血糖になりやすい糖尿病患者は、食事毎に動脈硬化の加速試験を行なっているようなものです。
動脈硬化と糖尿病
糖尿病の代謝異常は、
- 高血糖
- 血中脂血異常(高LDLコレステロール血症や高トリグリセリド血症)
- 高血圧
などを招くことから、糖尿病患者は潜在的に複数の危険因子が累積しやすく、糖尿病そのものが動脈硬化の危険因子と言われる所以です。
動脈硬化とは、
- 心臓から末梢に送り出される血液が流れる血管(=動脈)の内壁が肥厚・硬化した状態
を言い、
- 動脈内側に発生するプラーク(隆起)が成長して、血液が流れにくくなる場合
- プラークが破れて血栓ができ、血管を詰まらせる場合
- 血栓が流れていってしまい、別の動脈を詰まらせる場合
- 動脈壁の弾力性が無くなるため、血圧が高くなると血管が破裂する場合
が起こり得ます。
心臓の冠動脈にプラークができて血液の流れが悪くなれば狭心症、完全に詰まって壊死してしまったら心筋梗塞、脳の動脈あるいは頚動脈などでできた血栓が血管を詰まらせれば脳梗塞というように、生命の危険がある病気を呼び込みます。
プラークの中身のほとんどは、コレステロールや中性脂肪といった脂質、カルシウム、繊維性結合組織を含むマクロファージ、またはその堆積物です。
血中脂質異常症
インスリン作用の不足に起因する代謝異常に伴って、糖尿病患者の血液中には次のような物質が過剰に存在しやすくなります。
- グルコースの蓄積 → 高血糖
- ケトン体の蓄積 → ケトーシス
- リポタンパクの蓄積 → 脂質異常症
過剰なコレステロールや中性脂肪は動脈硬化の進行を早めるのですが、これらは、血液中で他の脂質と共に親水性の「リン脂質+アポリポタンパク質」に包まれて球状粒子(=リポタンパク)を形成し、肝臓から末梢組織へ、あるいは末梢組織から肝臓へと輸送されます。
糖尿病のリポタンパク代謝異常は、次のように表れます。
- VLDL(Very Low Density Lipoprotein; 超低密度リポタンパク)とLDL(Low Density Lipoprotein; 低密度リポタンパク)の両方が増加する場合
- VLDLが増加する場合
- VLDLとカイロミクロンの両方が増加する場合
リポタンパクには中性脂肪(別名トリアシルグリセロールまたはトリグリセリド)が含まれていますので、高トリグリセリド血症を呈します。
また、リポタンパクにはコレステロールもふくまれていますから、血液中の総コレステロール値は高くなりますが、高コレステロール血症は、動脈硬化の危険因子としての脂質異常症の中に含まれません。
総コレステロール値は、Friedewaldの式からLDLコレステロール値を計算する時に用いられます。
動脈硬化に影響を与えるコレステロールは、次の2つです。
- LDLコレステロール(悪玉コレステロール)
- HDLコレステロール(善玉コレステロール)
動脈硬化の危険因子としての脂質異常症は、それぞれ次のようになります。
- 高LDLコレステロール血症(悪玉コレステロールが多い)
- 低HDLコレステロール血症(善玉コレステロールが少ない)
ただし、コレステロール自体には悪も善もなく、リポタンパクの血液中の振る舞いから「悪玉」とか「善玉」と呼ばれているだけです。
LDL(低密度リポタンパク)は、肝臓から末梢組織へコレステロールを輸送するキャリヤーで、コレステロールの含有量が多いです。LDLコレステロールは、この過程で動脈血管内壁に取り込まれると考えられます。
HDL(High Density Lipoprotein; 高密度リポタンパク)は、末梢組織から肝臓へコレステロールを輸送するキャリヤーで、コレステロールを血管壁から除去し、マクロファージの集積を減らすと考えられます。
このようにHDLが動脈硬化予防または消失させる役割を持つことから、HDLコレステロールは、患者が理解しやすいように「善玉コレステロール」と説明されることもあります。
高血糖
高血糖を表す指標は、いくつかあります。
- 空腹時血糖値
- OGTT75[g]糖負荷後2時間値
- HbA1c
- 随時血糖値
HbA1cは、患者の立場では血糖コントロールの自己管理に、臨床医の立場では血糖管理に用いられています。実際、合併症の発症・進展リスクは、HbA1c値が低いほど低下することが数多くの研究で明らかにされています。
一方で、HbA1c値管理による強化治療を行なっても大血管障害性合併症を減らすことはできず、リスクにはほとんど影響を与えないというメタ解析があります。
強化治療群で「全死亡」の増加が観察された研究もありましたが、メタ解析から見えたことは、心血管疾患による死亡はあるもののHbA1c低値群とHbA1c高値群の有意差は無く、死亡を増加させたり減少させることもなかった、という結果です。
HbA1c値は、空腹時血糖値(前夜から10時間以上絶食した翌日早朝の空腹時朝食前の血糖値)と強い相関が認められます。しかし、食事をしてから1~2時間後ぐらいの食後血糖値は、短時間の内で上昇下降しているので、HbA1c値に反映されにくいものです。
- 食後高血糖=摂食2時間後の血糖値が140[mg/dL]を上回る場合
1型2型に係わらず、あるいはHbA1cによる血糖コントロールが良好であっても、食後高血糖は普通によく見られる現象です。
疫学研究は、糖負荷後や食後高血糖と心血管疾患リスクおよび心血管疾患の予後との強い関連を示しています。食後後血糖は、動脈硬化を進行させる危険因子ということです。
高血圧
血圧が高いということは、血管の壁に圧力という負荷が通常より多く掛かっていることですから、劣化が早く進むであろうことは容易に想像できます。また、高血糖状態では血圧が高くなると言われています。
塩分を摂り過ぎると血圧が高くなる、とよく耳にします。これは、ナトリウム(Na+)が体内の水分量を維持するミネラルだからです。
血清電解質濃度(血清Na+濃度)が一定になるように、濃くなったら血液の水分量が増え、薄くなったら血液の水分量が減ります。血液の水分量が増えると血液量が増えますから、血圧は高くなります。
これらの働きは、血漿浸透圧に関係します。血漿浸透圧を決める支配的な要素はナトリウム(Na+)量ですけれども、血糖やBUN(尿素窒素)もその要素です。高血糖は、血圧を上げる理由のひとつになります。